第2章 【沈む太陽】
「……今はまだ、雪解けの時季かな」
密かに父の後姿を見送りながら、ふと、クリスは何か妙な違和感を覚えた。昨夜の時点では感じなかったが――なんだろう、何かが足りない。廊下をぐるりと見渡して、クリスはやっとその正体に気が付いた。
「そうか壷だ。ここにあった壷がなくなってる、それに絵画もない」
父クラウスの趣味兼仕事の都合で、屋敷の中には様ざまな曰くつきの骨董品が飾られているのだが、いつの間にかそれら全てが忽然と姿を消し、見慣れたはずの廊下はガランとしてどこか寂しげに見える。
珍しく姿を見せないチャンドラーに、消えた骨董品。もしかして父の言っていた『用事』とはこのことなのだろうか。暫くその場で腕組みをしていたクリスだったが、すぐに諦めて応接間に向かった。誰だか知らないけど、とっとと客に顔を見せて、とっとと出掛けなければハーマイオニーとの待ち合わせの時間に遅れてしまう。
しかし良く考えてみれば、報せもなしに突然この屋敷に訪れる人間なんて初めから決まっているようなものだ。
応接間の重厚な扉の奥から聞き覚えのある男の人の声がすると、クリスは扉に伸ばしかけた手をさっと引っ込めた。その声色からするとかなり機嫌が悪いらしい。なんて間の悪い時に来てしまったんだろう。クリスは2、3度深呼吸をし、愛想のいい笑顔を作ると、意を決して扉を開けた。
「お早うございます。ルシウスおじ様」
顔には出さなかったが、扉の先に見知った親子の姿を確認してクリスの気分は明らかに沈んだ。あの叫び声が父に聞こえていたと言う事は、きっとマルフォイ親子にも聞こえていた事だろう。ルシウスはクリス以上に笑顔を取り繕おうとしていたが、それが逆にクリスの目に恐ろしく映った。
「お早う、クリス。随分ゆっくりのようだが、昨夜は勉強で遅くなったのかな?」
「調べ物をしていたら明け方近くになってしまって……」
もちろん嘘だったが、言わないよりは良いとクリスは思った。勉強と言うお題目の前には、ルシウスも若干だが寛容になってくれる。