第13章 【トイレのマートルさん】
「そういえば、ここに水溜りがあっただろう?私と3人を挟むようにして。あれ、どうなったんだ」
「誰かがふき取っちゃったみたいだけど」
「確かここら辺だったよな」
窓には極力近づかないようにしながら、ロンが水溜りのあった場所まで出てきた。そして一つの扉に近づくと、まるで静電気でも起こったかのようにバッとドアノブから手を放した。
「何?どうしたの」
「ここ、入れない――女子トイレだ」
「あら、大丈夫よ。ここ『嘆きのマートル』のトイレだもの」
そう言うと、ハーマイオニーは真鍮の取っ手をにぎり、故障中と書かれた紙を無視して手招きして入っていった。3人もそれに続くと、中は驚くほど陰気くさくて物騒だった。石造りの手洗い場はあちこちが欠け、その上に取り付けられた鏡は殆どがひび割れている。おまけに個室のペンキは剥がれかけ、所々蝶番が外れて傾いた扉が一層トイレをみすぼらしくしている。ここはノクターン横丁なのかと言いたいくらいクリスはこの場所に心理的嫌悪を示した。
「ハーマイオニー、良くこんな場所に入れたな」
「……ほら、私って1年生の時まだ皆と仲良くなかったでしょ。そんな時――独りになりたくなったら、たまにここに来ていたのよ」
ハーマイオニーの言葉に、クリスは少し良心が痛んだ。あれはまだ4人が仲良くなる前の話だ、お節介で頭でっかちのハーマイオニーのことを、良くロンと一緒になって悪口を言っていた。あれからもう1年も経つけれど、こんな所で独り泣いていたハーマイオニーを想像するとバツが悪くなった。
「あー……ハーマイオニー、あの時は、その……」
「いいのよ今更。そんなことより今は水溜りのことでしょ」
ハーマイオニーは「シーッ」と唇に指を当てると、ゆっくりトイレの奥へと進んでいった。そして一番奥の個室の前に行くと、ゆっくりと扉を開けた。するとそこには小太りで分厚い黒縁の眼鏡をかけ、太い髪を二つ結びにした辛気臭い女の子のゴーストがトイレのパイプの上に座って何かをブツブツ言っていた。
「ハーイ、マートル。お元気?」
「あんまり元気じゃないわ」
姿だけではなく、声も性格も辛気臭そうなマートルはハーマイオニーの後ろにいた3人をチラリと見た。