第2章 【沈む太陽】
チャンドラーとはこの屋敷に使える屋敷しもべ妖精の名前だ。本来なら主人に絶対の忠誠を誓う屋敷しもべなのだが、クリスが毎日こんな調子でだらけた生活を送っているので、すっかり口煩くなってしまった。
毎日昼近くになると「お嬢さま、いい加減に起きたらいかがですか。いくらなんでも朝日と共に目を覚ませとは言いませんがもう少し早起きしても罰は当たりませんぞ。だいたいこの夏休み中にお嬢さまが教科書を開いたお姿を1度も拝見したことがありませんがお嬢様にはご自身が学生だという自覚はうんぬんかんぬん……」と、クリスの目覚めを最悪にするお説教で起こしにやってくるのだが、今日はその姿どころか声も聞こえてこない。
しかし説教されないなら、それに越した事はない。久しぶりに気分良く目覚めたクリスは簡単に着替えを済ませると、ドアノブに手を掛けた。だがその途端、大して力も入れていないのにドアノブがポロッと取れた。
「……チッ、またか」
この屋敷が建てられたのは、もう800年以上前だ。当然屋敷のあちこちが老朽化して、ちょっと力を入れただけですぐに壊れてしまう。その度にチャンドラーが直しているのだが、たった1匹の屋敷しもべが手を入れたところで、屋敷全体を修理できるわけがない。
本当なら建て替えてしまうのが一番なのだが、生憎グレイン家にはそんな余裕はなかった。食うに困るほどではないが、残念ながらこの無駄に古くて広い屋敷を大々的に工事するほど金もない。
その昔はグレイン家といえば、優れた純血主義として魔法界を牛耳り、その名を知らぬほど栄えていたというが、長い月日を隔て今ではすっかり零落れてこの様だ。
「チャンドラー、聞こえるか?ドアノブが壊れてこっち側からじゃ開かないんだ」
クリスは壊れたドアノブを握ったまま、起き抜けの張りがない低い声で屋敷しもべの名前を呼んだ。しかし向こうからの返事はない。いつもなら屋敷のどこにいても、呼べばすぐに来るはずなのに。
「チャンドラー、聞こえないのか。早く来い!……おい、チャンドラー!返事くらいしろ、チャンドラー!!」
せっかく珍しく良い気分で目が覚めたというのに、これでは台無しだ。クリスは立て続けにチャンドラーを呼びつけ、最終的に扉まで叩いてわめき散らすと、やっと反対側から扉が開いた。