第2章 【沈む太陽】
スコットランドのとある地方に、『サンクチュアリの森』と呼ばれる森がある。誰が名づけたのか知らないが、森はその名前とは裏腹に霧深く鬱蒼と茂っており、ふもとの村に住む人は気味悪がって誰もその森に近寄りたがらなかった。
噂によると、そこにはおとぎ話さながらの悪い魔女や妖魔が住み着いており、森に入った者は誰であろうと呪われてしまうと言われている。
実際に、1度だけ開拓業者が事前調査のため森に入ったことがあったが、半日も経たないうちに血相を変えて引き上げてしまった。中でどんな恐ろしい目にあったのかは知らないが、彼らは何が起こったのか決して語ろうとしなかったという。
そんなこともあって、村人の足はますます森から遠のいた。未だに迷信などがまことしやかに語られる田舎町では、途絶えることなく何代にわたって伝えられてきた噂ほど怖いものはない。
だからこそ、“彼らは”そこに住んでいた。気が遠くなるほどの昔から、村人が――マグルが滅多に足を踏み入れぬ聖域、『サンクチュアリの森』に……。
【第1話】
森のほぼ中心部に立てられた古いお屋敷は、まるで現代という時の流れから切り離されてしまったかのような異質な空気を放っていた。屋根と門の上には厳めしいガーゴイルの石像がそびえ立ち、屋敷の周りには電線やケーブルの類いは一切なく、代わりに色のくすんだレンガの壁一面には建物の歴史を語るように、色の濃いツタがびっしりとからまっている。しかも昼だと言うのに窓のほとんどは閉め切られ、まるで生活感と言うものが漂ってこない。
そんな中世からそのまま持って来たような屋敷の一室で、今1人の少女が目を覚まそうとしていた。彼女の名前はクリス・グレイン。ホグワーツ魔法学校に通う、見習いの魔女だ。
「――んん……しまった……寝過ごしたか?」
カーテン越しに射す陽に起こされて、クリスはゆっくり瞼をひらいた。今日は友人のハーマイオニーと買い物の約束をしているのだが、窓から射す光りは柔らかな朝の日差しではなく、すでに昼の日差しになっている。
本当ならクリスの予定ではもっと早くにチャンドラーが起こしに来るはずだったのだが、今朝に限ってその姿はない。クリスは覚醒しきらない頭で「肝心な時に役に立たない奴だ」と、ぼんやり考えた。