第8章 素晴らしき世界 M×N
「俺さ。野球もだけど、ピアノもしてたの。あ、ピアノは今でも続けてるんだけどね」
「うん…」
「それがさ。野球の練習の時に突き指しちゃったんだよ。うわっ、母さんに怒られるって思ってさ。言わなかったんだよね、俺。まぁ、すぐバレたけど」
「ケガするから野球辞めたの?」
「うーん…ちょっと違うかな」
ニノは空を見上げ、再び自分の手を見つめた。
「痛みを感じた時にね、咄嗟にボールと鍵盤が頭に浮かんでさ。怖くなったんだよ、鍵盤に触れられなくなったらどうしようって」
「鍵盤にって…ピアノってこと?」
「うん、そう。野球やってる潤くんからしたらさ、ふざけんなよって話でしょ」
「いや、そんな風には思わないけど…」
俺がそう言うと、ニノが潤んだ瞳で俺を見た。
「潤くんは優しいね」
あぁ、ニノはピアノは勿論だけど野球も好きだったんだろうな…いや、未だに好きなんだろうなって感じたんだ。
「うち、この土手の近くでさ」
「そうなの?」
「うん。ここをランニングするのよ、どっかの野球部さんたちがさ」
「どっかのって。それさ、俺がいる野球部のことだろ」
「まぁそうですけどね」
とぼけた顔をするニノの表情が少し柔らかくなった気がした。
「元気のいい掛け声と足音がね、まぁ〜心地いいっていうか。うちの学校、野球部ないから」
「あ、だからここで?」
「そう。音が聞こえなくなるまで…。聞こえてる間はね、掛け声を口ずさみながら、心の中で一緒に走らせてもらってる」
その時、ニノの目尻にキラキラ光るものが見えたんだ。