第8章 素晴らしき世界 M×N
「あのさ、ゴロやイレギュラーしたボールを取る練習でもしてるの?」
「あ、イヤ…そうじゃないけど…」
「ふーん…」
そう言いながら立ち上り、俺のほうに近づいてきた。
少しずつ縮まっていく距離。
色白で俺より小さいけれど、オーラがあって。
俺は見とれてしまい動けなかった。
あの人がボールの前で掌を上に向けたから、俺は手に握っていたゴムボールをそこに乗せた。
「アンタ、野球部なの?」
「うん」
「ポジションは?」
俺から受け取ったゴムボールを白くて可愛らしい左手で5㎝ほど上に投げては取り、投げては取りを繰り返している。
ボールの扱いが上手いなと思いながら、
「キャッチャーだけど」
俺はそう答えた。
「へぇ、キャッチャーか。すごいね」
「そ、そうかな」
「うん。だけど勿体ないよなぁ」
クスッとしながらその場に座ったあの人につられて、俺も座り込んだ。
「こんなにイケメンの顔をさ、マスクで隠しちゃうなんて」
「えっ…」
「あ、でもさ。マスクを外したらめちゃめちゃイケメンだった時のインパクトのほうが萌えそう」
「も、萌えって…」
あの人が俺を見て、くくくっと笑う。
その時の潤んだ瞳が可愛らしいなって思った。
「アンタさ、反応が面白いよね」
「それってさ、誉めてるの?」
自然と言葉にしていた。
あの人がゴムボールを俺に差し出す。
「うん、誉めてる。俺は嫌いじゃないなぁ」
“嫌いじゃない”
そんなこと言われたら…単純な俺は勘違いしちゃいそうなんだけど。