rain of teardrop【黒バス/ジャバ】
第34章 wrong step on the stairs8
「ッ……あ…」
「名無し」
「……っ」
シルバーはその身すべてを浴室に入れ扉を閉めると、名無しの俯いた顔を上げるため、軽く彼女の顎を掴んだ。
重なった視線はしっとりと潤み、まるで今にも涙を零しそうな表情だった。
そのとき、言いたくても言えない名無しの想いを理解することが、多分自分に出来る最善なのだろうと柄にもなく一考する。
切なくも見えた顔色が胸中を締め付けていたのだから、シルバーにとっても、こんな気持ちは抱いたことのないものだった。
自分はずっとあの夜、偶然名無しに初めて会った時から、彼女を辱めることで、その苦悶に満ちつつも快楽に溺れている様を見ることに愉悦を覚えてきた。
その筈が、悲しむ顔を目の前にすることが想像以上に辛くなっていた。
真の意味で酷いことだけをしていれば、折角底なし沼に連れ込んで自身から抜け出せない罠に嵌めても、宛ら空を舞う蝶のように勝手に逃げていくかもしれない……そう思ったから――。
「――ハァ……。待ってるなんて言われりゃあ、すぐ来るに決まってるだろうが……好きなら当然じゃねえか?」
「……、…ッ……え…?…いま……」
「そうじゃねえなら、今頃オレはおまえを放り出して試合に出てるぜ……チッ…、意味分かんだろうが……つーか分かれや」
「あ…、……っと…」
「……なんなら此処でまた今すぐヤるか?意地でも分からせてやるぜ……問題ねえってな」
鈍い女ではないと思う。
ここまで言えば多分、伝わる。
シルバー自身もまた、それは彼にとって賭けにも似た行為だったことだろう。
らしくないことなど承知の上……密やかに染まる頬の色は、暗い肌に混ざり赤みが増す。
名無しを抱き留め見下ろす仕草も、いつものような粗暴さは垣間見えなかった。
その部屋で、浴室で、もう何度も交わしていたキスを、雨さながらに溢れんばかり降らせる。
名無しの唇は熱く、やわらかく、ずっと触れていたいと、こんな時でさえ自然に思わせた。