第11章 日常~3~
暫くの間、無言で抱き合っていた2人は、秀吉の部屋へ送るという言葉にゆっくりと離れていった。
「酔い、さめてきたか?」
「・・・・ああ。」
もう、酔ってたことにしてしまおう。
静かに響いた甘い声が、まだ耳の奥にこだましている。
歩みが遅くなり、前を歩く秀吉との距離がさらに開いたとき、秀吉が足を止めて、なつの方を振り向いた。
「おい、なんでそんなに離れて歩くんだ。」
「それは・・・・っ」
何かを言うより先に、秀吉がなつの側へ黙って歩み寄り手を握った。
「・・急に、どうした?」
「このまま、部屋まで連れていく。酔ってるせいでふらつくんだろ?」
「一人で歩ける。」
「今だけ、歩けないってことにしろ。」
手を引かれ、ゆったりした歩調で歩きだす。
大きな手の平が、なつの手をすっぽりを包み込んでいる。
身体のほんの一部分が触れ合っているだけなのに、泣きそうなくらいうれしくて、心地よい。
少しくらい意識してくれているか?そうだったら、いいな。
つないだ手をそっと握り返すと、秀吉がぽつりとつぶやいた。
「もうすぐ戦が始まるのは、聞いてるな?」
「ああ。大きなものになると。」
「ああ。いつ終わるかわからない。それに、俺は、行ったきり戻らないかもしれない。」
意味を察して、心が凍るような心地になる。
「そんな縁起でもないことを言うな!」
「いや、言う。昔からずっと覚悟してたことだ。俺は、信長様にこの身をささげた。あの方の”身分のない世を作る”って大望は、俺の悲願でもある。それを叶えるために戦場で散るなら本望だ。」
秀吉は、何の迷いもなく微笑んだ。
「だから、俺がこうしてお前を構えるのはあと少しだ。その間は、存分に甘やかされろよ?」
これ、だったのか・・・今まで感じていた違和感の正体は。
命を捧げるのが本望だと?信長はこの件についてどう思っている?
「返事は?なつ?」
「・・・・なぜ、笑っていられる。」
呟いた言葉は秀吉には届かない。
「え?」
「・・・何でもない。」
話をしながらも、穏やかに微笑んでいられるのは、いつ死んでもいいと、覚悟を決めているからだと分かった。
私がこの時代で過ごす時間も、限られてる。
だが・・・こいつの考えは・・・
つないだ手に、自然と力がこもっていった。