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雛鳥は鶴に化けました

第1章 *





「…これはなんだ」
「あの、その、」
「男の名前だな。それと連絡先。…もう一度聞こう、どこに行っていたんだ」
「つるまる、」

「聞き方を変えようか。誰と何をしていた」

ぐっと肩を掴まれて、漸く脱げた靴が転がるのもお構いなしに壁際に追いやられる。恐る恐る見上げた鶴丸の瞳は酷く怒っていて、いつもの軽薄さもない。今にも噛み付かれそうな殺気に声を震わせることしか出来ず、鶴丸は舌打ちをした。そして、勢いよくそのメモ用紙を破り捨てる。

「なっ…!」
「こんなもの、姉さんには必要ないだろう」

鶴丸の手で無残にもゴミ同然と化した紙。頭が真っ白になる。別にそこまで連絡先が欲しかったわけじゃない。さっきの男性だって好意はあるけど恋愛の意味じゃない。なのにどうしてこんなに傷付いているのかは、友人が私のためにとしてくれた好意を破り捨てられた気持ちになったからだ。鶴丸はいつだって優しかった。悪戯っ子だったけど、本気で嫌がることはしなかった。だから私は本気で鶴丸を怒ったことはないし、どんどん追い抜かされる背丈を見ても感慨深く思っても怖いとは思わなかった。それなのに。

「…して…」
「…姉さん?」
「どうしてこんなことするの…!?」

どうしようもなく悲しくなって、怒りで目の前が真っ赤になって。私は初めて鶴丸の頬を叩いた。乾いた音が響く。俯く鶴丸の顔は見えない。涙で前が見えなくなりながら、唇を噛み締めてその場を立ち去った。熱いシャワーを浴びても、冷水を頭からかぶっても気持ちは落ち着かなくて。もしかして生まれてはじめても姉弟喧嘩かもしれない、なんて自覚してからも鶴丸の顔を見る気にはなれなかった。

それからは鶴丸を避けるように生活した。もともと鶴丸に大反対されていた一人暮らしの計画をかなり大幅に早めて、逃げるように家を出た。実家から遠い一人っきりの家でホームシックになったけど、これで良かったんだと思う様になった。その頃にはもう随分気持ちも落ち着いていて、ちょうどいい切っ掛けだと楽観視していた。鶴丸にだって鶴丸の生活があるし、私にも私の人生がある。大喧嘩だったけど、いつか笑って話せる日も来るかな、なんて。なかなかできない弟離れと姉離れが出来たんだと、私は錯覚していた。そう、鶴丸の想いの強さを、これっぽっちも分かっていなかった。

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