<イケメン戦国ショートストーリー集>戦国の見える蒼穹
第246章 『だめ』は聞かない ― 家康&姫 ―
舞が「だめだよ」と誰かに声を掛けているが、舞は女中にすら否定めいた言葉は使わない…いったい誰に言っているのだろう。
おれは薬を作る手を止め、障子を開けて庭を見ると、そこには舞が持つかごに顔を突っ込んでいるわさびと、それを止めようとしている舞の姿が目に入った。
「どうしたの?」
おれが声を掛けると気付いた舞がこちらを向く。
「あ、家康。わさびが、せっかく摘んだお花を食べちゃってるの。このお花を食べてもおなか壊さないかな」
「食べるのがだめじゃなくて、おなかをくださないかを気にしているの?」
舞らしい、とおれは内心思いながら、庭へ下りてそちらへ向かった。
「わさび、食べるのお止め」
おれがかごを取り上げると、わさびはかごの位置が変わったため首を伸ばしても食べられなくなった。
「はい、今のうち」
おれがかごを舞に渡すと、底のほうに数本の花しか残っていないのが見えた。
わさびがかなり食べてしまったようで、おれは小さくためいきをつくと、わさびの頭をほんの少しいつもより乱暴に撫でた。
「わさび、花は食べちゃいけないよ」
わさびはおれの言葉がわかったのか、それともかごの花を食べて満足したのか、おれに撫でられると跳ねるようにこの場を離れて庭のどこかへ走り去る。