<イケメン戦国ショートストーリー集>戦国の見える蒼穹
第80章 今川 ― 姫&義元 ―
「初めまして、舞と申します」
私は部屋に入った途端座り、威厳にうたれたように、首を垂れずにはいられなかった。
「私が寿桂尼です」
寿桂尼様が私に挨拶をしてくれ、一度頷くと義元さんと寿桂尼様に付き添っている女中らしい人が、私のすぐ横から部屋を出て行った。
「近うよりなされ、舞殿。私に聞きたい事は何ですか?」
穏やかに、だけど、きちんとした声音で私に話し掛けてくれる寿桂尼様。
私は顔を思い切って上げ、少しだけ膝をすすめると聞きたい事を口に出した。
「徳川家康殿を、今川の配下だった人達が狙っているそうですが、本当ですか?」
「徳川…ああ、松平の竹千代ですね。懐かしい事。今は徳川家康と名乗っておいででしたっけ」
「はい、狙った理由は恨みだけですか?」
「お待ちなさい、義元殿の配下でしたら、むしろ竹千代を狙ったりはしませんよ」
「え?」
家康から聞いていた事と違う事に私は目を見開いた。
「松平竹千代は非常に困難なお生まれで、本当に苦労をなさっていたのです。
私が引き取ってからは、義元殿の軍師の雪斎殿に勉学の指導を受けました。
そして今川一の武勇を誇った家臣の朝比奈の家の者が、彼に武道を授けました。
私は彼を北条の助五郎と共に、人質とは思わず孫と思い可愛がったつもりですが、竹千代はそうは思っていないという事ですか?」
「そうおっしゃられると、私にはわかりません。でも家康が今川家の残党から狙われているのは事実なのです」
私は嘘を言いたくないので正直に知っている事を言った。
すると、寿桂尼様はほほ、と笑みを浮かべた。