<イケメン戦国ショートストーリー集>戦国の見える蒼穹
第79章 密やかな距離 ― 家康&姫 ―
花の咲く季節になると、舞に出会った時を思い出す。
弱いくせに強情で、何故か無視する俺に挨拶したり、御殿の掃除をしていたり。
何もする事なんて無いのに、しまいにはバカのせいで俺が弓を教える事にまでなってしまい、撥ねる弦で腕を打つから、手当までしてやらないとならなくなって、本当、面倒ばかりかけさせられて。
でも、不思議と目が離せなかった。
「わさび、ほら、ごはんだよ」
舞の声が聞こえ、そっと部屋の襖を開けて外を見ると、小鹿のわさびの餌の時刻で、舞がかごに入れたわさびの餌をあげ始めていた。
「わさび、お花は食べちゃだめだよ」
時折、わさびがそっぽを向いて、花を食べようとしているのを注意する声も聞こえる。
俺は鹿にそんな事を言っても無駄と思い、でも真剣に対応している舞の様子をそっと覗き、いつしか口元に笑みを浮かべてしまっていた。
「ねぇ、わさび、あなたのご主人様はあなたには優しい笑顔を見せてくれるけど、私にはなかなか見せてくれないんだよねぇ。どうしたら見せてくれると思う?」
今度は小鹿相手に人生相談を始めた舞に、俺は本気で吹いてしまった。
それにしても俺はわさびには笑顔を見せて、舞には笑顔を見せてない、か。
それは仕方ないだろうね、俺はなんたって天邪鬼で通ってるし。
自分で気付いて、一つため息を俺はついて、下を向いた。