<イケメン戦国ショートストーリー集>戦国の見える蒼穹
第59章 期待 ― 信長&市 ―
「香木は足りませんか?市様」
「ええ、秀吉。あ、絶対、伽羅(きゃら)よ。私は伽羅以外使いませんからね」
「かしこまりました。では反物はもう不要という事で、伽羅を持って参るよう申し付けましょう」
「そうしてちょうだい」
市は嫣然な笑みを秀吉に向かって浮かべると、秀吉は市の顔を見て、明らかに更に赤くなった。
ふ、ん。秀吉のやつ、市に惚れていたのか?
「秀吉、市の我儘にすまぬが、支度はしっかりしてやりたい。抜かりなく準備せよ」
俺が声を掛けると、秀吉はかしこまりました、と俺に頭を下げる。
政務が終わり、支度部屋を覗くと、確かに大量の反物が置かれてあった。
しかし、どの反物も作りが繊細で手のこんだものばかりを市は選びよるな、と感心した。
反物を選ぶ市の審美眼は確かなものらしい。
しかし、これが、朝倉と浅井の目に見えぬつながりとしたら、市はどうする?
俺が市に求めるのは、まさしく、目に見えぬ、朝倉と浅井のつながりを証明するもの。
そして、それを浅井にわからぬように、俺に伝えなければならぬ。
市よ、貴様に俺は賭けるのだ。
俺が望む、相応しい働きを期待するぞ。
俺は反物をその場に投げ置くと、羽織を翻し、支度部屋を出た。
<終>