第26章 『気配』
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虫の居所が悪かったんだ。
抱き締められる姿や、
髪を撫でる手、
親しげに呼ぶ下の名ーーー
それらに苛ついた訳じゃない。
未だ疼く腕の傷…その煩わしさがもどかしかっただけ。
だから虫の居所が悪かった、ただそれだけだ。
「痛ってぇ……」
脳みそを揉まれてるみてぇな、酷い頭痛。
薄っすらと隻眼を開けるとぼやけた天井が見えて、今自分は城の客間に寝ているのだと気付く。
ああ、そうだ……
確か昨夜、あの後……
酒を飲んでぶっ倒れたんだっけ。
なんとなく飲みたい気分で、光秀の猪口を奪い取って一気に呷ってみたらこのザマだ。
下戸の癖に調子こくもんじゃねぇな。
「あ〜…
やべ、もう朝か……」
障子窓から差す朝日が眩しくて、余計めまいがする。
御殿に戻って朝餉の支度しねぇと。さっさと飯を平らげて、書簡に目を通さなければ。
しかし如何せんこの忌々しい倦怠感が邪魔をして、食欲どころか立ち上がる気力すら湧いてこない。
ガンガンと頭痛が響いて、再び微睡んでいると……
いつの間にか人の気配がして。
“あ、起こしちゃった…”
朧げな意識の中で聞こえた声。
霞んだ視界には、長い髪を垂らした女らしき姿形がぼんやりとそこにある。
「蓮、か…?」
看病でもしに来たのだろうか。
それとも、あの生意気な顔つきで皮肉のひとつでも言いに来たのか。
まあ、どちらでも悪くはない。
お前が居ればよく眠れそうな気がするからーーー
朦朧としながらも宙を手探りして相手を捕まえると、身体ごとこちらに引き寄せ口付けた。