第17章 ユー・セイド・“グッド”
「いてっ」
上田城の縁側に座る桜子の身体が跳ねる。
親指の腹からは、じわりと血玉が出てきていた。
針を針山に一旦刺して置いて
帯に挟めていた手拭いを取り、患部に押さえつけると溜め息を漏らした。
膝の上には、袖ぐりが部分的にほつれた子どもの着物。
「あーあ、やっぱり裁縫は苦手だなぁ」
料理よりも細かい作業が続くので、不器用な私にとっては並々ならぬ試練だ。
着物のお直しくらい別に女中さんに頼めば済む話なんだけど、
なるべく自分がやってあげたかったのだ。
ーーーふう……。さて、頑張るか。…………そう意気込んだ、時。
「「待て待て〜!」」
遠くから近付いてくる甲高い声が耳に入り、桜子はピクリと手を止めた。
庭園の向こうから駆けてくる三つの人影。
先頭を切ってこちらに迫るのはーーー
「母上ぇぇぇっ!」
砂まみれの赤い着物をはためかせ、目に涙をいっぱい溜めた末っ子であり長男の・・・・・
ーーー弁丸。
両手を広げ勢いよく飛び込んで、私の膝元にしがみついた。
「助けて母上ぇ……。姉上達が怖いんだ」
「もう……あの子達はまた……」
二度目の溜め息をついていると、追ってきた双子の娘達が竹刀を振り回して口々に叫んでいる。
「敵前で逃亡するとは武人の風上にも置けないぞー!」
「そーだそーだ!卑怯だぞー!」
………謙信様からの受け売りだろうか。
一丁前に武士道論を語り、私に抱きついている弁丸を竹刀の先端でつつく。
「やめなさいっ!弁丸が怖がってるでしょ!」
「「まだ勝負は着いてないもん!」」
見事に台詞が被り、勝気な顔つきで見つめてくるそっくりな双子。
ーーー楓と、紅葉。
暴れ過ぎているせいかお揃いの桃色の着物は、今日も着崩れている。