第1章 壱 〜流転〜
次第に強くなる雨風。テレビから聞こえるニュースでは、今晩が一番強まるとの情報だ。
ふと窓の外へ目を投げると、強風で茉莉花の花がいくつも散っていき、硝子を打つ雨は留まること無く流れ続ける…
……まるで水の中から外を眺めているようだ……恵果はそう何時も思っていたし、ひそかに好んでもいた。
荒れた天気の日は、外眺めてながら掃除の行き届いた自室で、ゆったりとテレビからの情報を聴きながら紅茶を楽しむ。
我ながら変な趣味だと思う。
けれど今日の嵐は何時もと様子が違う。具体化に説明は出来ないが、身体の芯に不安が溜まる…そんな感覚が拭えない。
「なんだか…妙な風ね…」
この不安を払いたくて紅茶を飲み干す。
そしてもう一度窓の外に目をやると、そこには大きな猫がいた。勝気な茶虎柄がずぶ濡れになりながら、気丈に鳴き声をあげる。
最近よく見かける野良猫だ。
大丈夫だろうか…このまま夜を過ごすのだろうか…眠る場所は?食べる物は?
不安は焦燥へと変わり、いつの間か体は弾け飛ぶ様に駆け出していた。
家の近くの川は河川敷まで増水しており、公園の木や街路樹の枝は折れて吹き飛ぶ。
危険な事は百も承知だが、放って置けなかった。
事故で両親を亡くし身寄りの無い自分と重なり、他人事に思えなかったからだ。
件の猫を見つけると、素早く抱き上げる。ホッとすると同時に怒りが出てきた。
「…貴方っ…危ないじゃないの!いい?ココはとっても危険なのよ?川も近いんだから、流されちゃったらどうするの?」
無関係な人間に怒られる筋合いなんて無い…そんな顔を向ける猫に気付く事無く、自宅へと運んでいった。
幸い恵果のマンションはペット可の物件だ。そのまま飼っても良い。
公園を曲がり、橋を渡り坂を登ればもう自宅だ。自然と早足になる。
「もうすぐ着きますからね。」
そう猫に言った彼女は、
橋へと放たれた鉄砲水に巻き込まれて、姿を消したーーーー