第3章 ピアノレッスン~イケヴァン・モーツァルト~ 情熱編
ピアノレッスン~イケヴァン・モーツァルト~ 情熱編
コン、コン。
荷造りをしていると、不意に、ノックの音が響く。
誰だろう。ユーリかな。
「どうぞ」
ドアが開くと―――そこには、先ほど思い描いていた人の姿があって………。
驚いて、目を見開く。
「………っ、モー君?」
「明日、帰国って聞いたから………というか、なんか、歓迎されてないね」
「ううんっ、そんなことない!だって、滅多に姿を現さないって聞いてるからっ。びっくりしちゃって………」
「俺って、何だと思われてるんだろ………ヴァンパイアだとでも?」
真顔でそう言う、モー君。
………冗談が、似合わない。
私は、つい、フフッと笑みをこぼす。
「なんで笑うの?」
「モー君が冗談を言うなんて意外だなって思って」
素直に思った事を口にする。
「………っだから、俺のこと何だと………もう、いいや。それより………」
部屋に入ってくると、部屋の奥に置かれたピアノへと、まっすぐに歩み寄る。
置いていた楽譜を手に取ると、口を開く。
「………これ、こんなに書き込み、したんだ」
そう言われて、恥ずかしさに顔が火照っていく。
楽譜には、注意する箇所や自分なりの解釈を思いつくままに書き綴り、いつの間にか真っ黒になっていた。
「大事な楽譜をこんなにしちゃって、ゴメン」
「いや………むしろ、嬉しい。ずいぶん練習したんだね」
「そんなこと………」
その言葉に、胸が締めつけられる思いがする。
「君に、伝えそびれていた事がある」
呟くように言う。
「えっ」
ドキリとして、次の言葉を待つ。
「この曲、二重奏なんだ。正確に言うと………君と弾いたあの日、思いついて二重奏にした」
………二重奏に、した?
えっと。
作曲したって事、なのかな。
「この楽譜は、セコンド。男性パートで………。もう一つ、対になるプリモ、女性パートを作った」
ピアノの長椅子の右側に座り、少し空いているすぐ横を、ポンポンと叩く。
「座って」
言われて、おずおずと隣りに腰掛ける。
と、腕と腕が、わずかに触れる。
そこだけ熱を帯びたように、熱い―――。