第4章 鼠と年明け
叫んでからハッとした。
また独りで何をしているのだ。この家には自分以外誰もいないというのに。
…いうのに何故自分以外の誰かの話し声がするのか。
おそるおそる顔を振り向けると、鼠がいた。目ばかり赤い真白な二十日鼠。
「…鼠…」
「鼠だがら何だ。何か文句でもあんだが?」
「…こういうのは作り話の中だけで間に合ってるんだがなあ…」
「おほ。いぎなり人どご作り話呼ばわりが。失敬だごど!」
何かの罰でも当たって頭がおかしくなったのだろうか。
首を振って目をきつく閉じ、そっと瞼を引き上げると、鼠は立ち上がって腰に手を当てていた。
「…こういうのは想像だけでいいんだ…」
「おめは頭の中で何でもかんでも捏ねぐり回してばりだおんなー」
小さな鼻をヒクつかせ、鼠がせせら笑う。
「んっとにうがつのあがらね賢さんだなス」
「君に賢さん呼ばわりされる筋合いはない」
鼻白んで言うも、鼠は一向意に介さない様子で話を続ける。
「筋は好かね。固くてだいだ(駄目だ)」
「何の筋の話をしているんだ…」
「青物の話でねんだが?筋ってば青物だべじゃ」
「筋の硬い野菜は嫌いか…」
「トウの立ったあすぱらがすどがな」
「アスパラガス…」
「するりどが」
「する?す?…もしかしてセロリ?」
「ほほ、んだんだ、そいだ。せるり。あいもさっさとかねばけだモンでねぐなる(早く食べないと食べられたものでなくなる)」
「…トマトは?」
「あいは筋はねども臭ぐでだいだ。あげくせして青くせってのはなじょしたごどだべな?(赤いくせに青臭いとはどういうことか)」
「なるほど。オレの野菜を摘み食いしたな?」
「だいもかねがら(誰も食べないから)食ってけだんだべ。感謝せ」
「…釈然としない…」
「釈迦善をさねってが?ふっふ、罰当たりだごど」
「…人語を話してはいるがあまり意味を理解していないのかな?」
「はれ?冗談もわがんねんだが?インテリジェンスに欠げだ野郎コだなハ」
「イぃ…インテリジェンス?」
「ほほぅ。インテリジェンスもわがんねってが?いよいよインテリジェンスに欠げでらな、おい」
これは夢だ。多分まだ私は布団に包まって寝ているのだ。そして悪い夢をみて…
「人どご悪夢呼ばわりがで。失礼なヤヅだな」
「だって夢だろコレ。何で話してないことまでわかるんだ、この鼠」