第1章 恋の始まり
「こんにちわー」
その声だけで彼だとわかってしまった。あれだけ他の人の声でも反応して、姿を見てがっかりしていたのに、本当に彼だった場合は声だけでわかってしまう。
ほんの数回しか顔をあわせたことがないのに、そこまで記憶しているなんて、私はとことん彼に惚れちゃったんだなぁ。
「…あの」
彼が思い詰めたような顔をして私に近づいてきた。
いつものように「いらっしゃいませー」と「○○円です」と「ありがとうございましたー」ではすまされない様子だ。
いつもより彼と喋れる!と少しうれしい反面、どうしようと頭の中が混乱する。恋愛の経験のなさがあらわれていて情けない。
「なんでしょう。」
「今日新しく激辛麻婆肉まんが販売されると聞いたのですが。売ってますか?」
そういえばそれは、最近ファミリー○ートで売り出された麻婆肉まんを見て、寒い季節だからあったまるよと繋心に説得して追加した商品だ。
確かnewと表のドアに激辛麻婆肉まんの広告を貼ったので、彼はそれを見たのだろう。
「ありますよ。お買い上げになりますか?」
「はい。」
彼の目が輝くのを見て、不覚にも可愛いと思ってしまった私を殴りたい。その僅かな変化に気づいた私は心臓が早鐘のように鳴り出して苦しいほどだ。
「あの、その肉まんっていつまで売られているんですか?」
繋心に寒い季節だけと約束されたので、期間限定と広告に表示していたことを思い出す。
「多分3月一杯かな。」
今は2月の始め。だいたい二ヶ月ほどになる。
「そうですか…。」
彼の少し眉を下げた表情を見て、何かしてあげたくなる。
「売る期間を伸ばすことはできませんが、この商品ちょっとしか毎日入荷していないので、お客様がこられる日を教えていただければ取り置きしておきますよ。」
おじちゃんおばあちゃんも多いし、どれだけみんなが買うかわからないので、リスクの高い商品として入荷量も少ない。それに彼の悲しそうな顔を見たくない。そう思った私は思わずそう口走った。