第1章 恋の始まり
「え、いいんですか?」
そう言って顔を輝かせた彼を見たら、何でもしてあげたいなんて思ってしまう。今までこんなに仕事に私情を挟んだことなんて無かったのに。恋のパワーは凄まじい。
ここ数年間仕事に追われて恋なんてろくにしていなかったので、その反動が来たのかもしれない。
「はい、構いませんよ。」
部活を頑張った後、楽しそうに笑いながら坂ノ下商店にやって来る姿を見て私は折れかかっていた心を少しずつ取り戻してきたような気がする。
そんな彼にほんの感謝の気持ちで彼の食べたいものをとっておきたいのだ。
「ありがとうございます!」
彼に頭を下げられて驚く。こんなにも感謝されるなんて思っていなかったからだ。
「いえいえ。お客様がとても激辛麻婆肉まんがお好きなように見えたので。」
「実は俺、麻婆豆腐が好きなんです。なのですごくうれしいです。」
好きなんです。という言葉が頭の中で何度も繰り返される。なんという都合のいい頭だろう。ああ、私に言われた訳では無いのだから落ち着かなければ。
私は営業スマイルに即座に切り替え、
「そうなんですか」
と無難に受け答えする。そんな時もさっきの言葉の効果が続いており、心臓が暴れている。
「水曜日は絶対にこの店に来るんで、取り置き頼んでもいいですか?」
「はい、かしこまりました。」
そして彼は激辛麻婆肉まんを一つ買って店をあとにした。
やった!初めてこんなに話せた!と一人で喜んでいるが、どうも初めて恋した少女のノリである。
多分今までの恋の全てを片想いで終わらせてきたのが原因だろう。
「桜何にやにやしてるんだ?」
先ほどまで休憩だった繋心が顔を出した。
「なんにもない!」
その後の度重なる私のおかしな様子に繋心は首をかしげるのだった。