【テニプリ】a short story.【短編集】
第10章 【跡部】Have a blast!
「さぁ!」
「え、あたしだけ、ですか?」
「もちろん、どうぞ」
東屋のベンチの上、見慣れた後ろ姿を見つけた辺りで、彼女は立ち止まり、私の背を押す。戸惑いながらも、3段ほどの階段を上がる。履きなれない黒いピンヒールが少し石に挟まるけれど、何とかこけずに踏みとどまった、先。グレーのスーツを雑に着崩した跡部が目を閉じていた。
柱に凭れた頭が少し傾いている以外は、いつも通り姿勢よく座っているように見えて、後ろ姿では寝ていると気付けない訳だ。外されたネクタイは放り投げられたかのように、右手の先でくしゃり、と落ちている。ほんの少し見蕩れて、それから、後ろに彼女が立っているだろうことを思い出す。
ジャケットを着ているとはいえ冷えるだろう、とゆるゆると揺すってみる。すぐに長い睫毛がぱさ、と揺れて、ゆっくりと目が開いた。
「あとべ…?」
「…あ?松元?」
――跡部のこんなに吃驚した顔、初めて見た。本気で驚いた様子で、素っ頓狂な声を上げて、目を見開いてこちらを凝視している。何だか可愛く見えて、そして気恥ずかしくて、思わず笑ってしまう。すると、いつの間にか近づいてきたらしい彼女が、すぱーんと跡部のおでこをはたいた。
「…あぁ!!?何すんだ!!」
「何ぼんやりしてるの、来てくれて有難うとか、綺麗だねとか、色々言うべき事があるでしょう!」
「まず状況を把握させろ、何だこれは!!」
「偶然うちの前を通りかかったからお連れしたのよ、嬉しいでしょう?」
「だ、誰がっ…」
「勿論、景吾がよ。嬉しいでしょう?感謝なさい」
二人のやり取りに、今度はこちらが驚く番だった。いつも澄ましている跡部も、家族の前ではこんなに素でいれるんだな、なんてまた安心する。
「見なさい!私がプロデュースしたのよ、千花ちゃんはこんなに美しくなったわ」
「…これなら、前に俺様が選んだ水色のドレスが良かったぜ…化粧もし過ぎだろ、そのままで充分じゃねぇか」
「んまー!!景吾はいつからそんなに可愛くなくなったの!」
綺麗な二人に挟まれ、おまけにさり気なく褒められてどんどん顔が熱くなる。これは一体何の辱めなんだ、と思いつつ耐えられなくて声を上げる。
「あの、有難うございます…自分ではこんな事出来ませんから、嬉しいです、お姉さん」