【テニプリ】a short story.【短編集】
第5章 【観月】君と林檎の樹の下で
「安心して下さい、千花さん。危機は去ったようですよ」
そう言って手に持った携帯の画面をこちらに見せてくれる。ミサイルが日本領空を通過した、という文字に安堵の息を零す。
「あの、観月さん。何故ここに…チャペルに?」
「あぁ…政府からの対応マニュアルに、ミサイル発射の際はなるべく頑丈な建物の屋内に避難するよう指示がありましたから。校舎でも良かったのですが、ガラスが多くて危なそうですしね」
なんとも現実的な答えに感心しつつ、内心はぁ、とため息をつく。一瞬でも私と同じ想いなら――こんな場所で、好きな人と最期を迎えられるなら――なんて、思った自分が馬鹿みたいだ。そんな私を見透かすように、観月さんはいつものように微笑む。
「…まぁ、少し予定とは違いますけど。貴女もこういう雰囲気が好きでしょうし、丁度良いですね」
え?と。彼が小さく呟いた声に、聞き取れなかった私が声をかける。
「さて、千花さん?突然ですけどね、僕は自分が一番好きなんですよ。造形は綺麗ですし、勉学にも運動にも秀でて居ますし」
言葉通り突然の言動に、反射で私もそう思う、と返しかけて思いとどまる。呆気に取られる私を気にせず、彼はそのまま話し続ける。
「こんな僕がこの若さで死んでしまったりしては、世界の損失でしょう?」
その通りです、と返す代わりに大きく頷く。んふ、と鼻を鳴らした彼は満足気に言葉を繋ぐ。
「そこを踏まえて、考えて見てくださいね――体力の無い貴女の手を引いて逃げる理由、毎日毎日貴重な時間を割いて会いにいく、その理由。僕は無駄死にする気もさせる気も無いんですよ、自分の生命を守りながら、貴女の心を手に入れる、最適解を選んだまでですから」
がつん、と胸のあたりを殴られたような衝撃に、息をするのも忘れそうになる。時間が止まったような感覚に襲われながら、観月さんから目がそらせない。いつもの、あの射抜くような強い視線が返ってくる――
「打算が無いわけではないんですよ。チャペルを選んだのは、ロマンチストな貴女の気を更に惹けるだろう、と。ノートを貸したのは、じっとノートを見ていたらあの教師はあててくるに決まっているのだから、うちのクラスで出た問題も踏まえて予想して、ね」