【テニプリ】a short story.【短編集】
第5章 【観月】君と林檎の樹の下で
授業が始まるチャイムが鳴り、前席の柳沢君がバタバタと戻ってくる。間に合うように余裕を持って自分のクラスに戻っていった観月さんがもう居ないことを確認し、ふう、と安堵の息をついた。
「ふう…休み時間の度にやめて欲しいだーね」
「柳沢君も、一緒にお話したらいいのに」
「そ、そんな怖いこと出来ないだーね!!」
また顔面蒼白になり、とうとうガタガタと震えだす柳沢君。そんなに怖いのかな、と彼のことを思う。私の知る彼はいつでも優しく、紳士的なのに。
「それにしても松元、観月と付き合ってたり…」
「え?違うよ、ないない!面白おかしくからかわれてるだけだよ、きっと」
「そ、そうだーね…?」
だって、どんなに綺麗と言われたって。いつも私の困っている時にさっと現れて助けてくれたって。何処か、彼の言葉や笑顔は表面的だ。彼はテニス部で生徒ながらコーチの役割もしていると言うし、寮生の管理委員長もしている。面倒見が良くて、ドジな私が気にかかるだけなのだろう――そんな風に、いつも舞い上がりそうな自分を落ち着かせていた。
だから、あの眼に見詰められるのは苦手なのだ。彼の心の内が、笑顔の裏側が、そこに込められていそうで勘違いしそうになる――
「授業だぞー、席につけ」
遅れて教室に入ってきた数学教諭の声に、我に返った。この先生は意地悪で、数学が苦手な生徒ばかりをあて、壇上で問題を解かせるのだ。観月さんに借りたノートをぺらぺらとめくり、今日の授業の範囲を探す。そして、その細やかさに驚かされる。
解法から自分なりの解き方、先生のコメントや板書の内容、全てが彼らしい細かく読みやすい字で網羅されている。ノートをとる、とはこういう事だ、というお手本の様だった。売ってくれるなら是非買いたい、そう思いながら読み込んでいくと、特に太い赤ペンで重要、と書かれている部分があり目を取られた。
「松元、やる気満々だな?前に出て解いてみろ」
「はっ!?は、はい!!?」
ご愁傷様だーね、と柳沢君の小さい声。おずおずと前に出て、黒板に書かれた問題を見る――あ、れ?