第9章 夏の終末りに想うこと feat:夜久衛輔
あの日はひどく暑かったんだ。まるで熱帯にいるんじゃないかってくらい、それは暑くて、何もしなくても汗がダラダラと滝のように流れてきたよ。
8月も半ばのある月曜日。いつも通りに部活を終えて、途中で黒尾たちと別れて一人帰り道を辿る。そういやその日は、空の高い所から薄っすらと濃紺が広がり、天球のたもとに向かって段々とオレンジにグラデーションがかかってて、すげえ綺麗な空だったな。
俺んちの近所にさ、公園があるんだよ。ああ、そんなにデカいやつじゃなくて、なんだろうな。こう、ベンチと、ブランコと、滑り台があるだけのこぢんまりしたやつな。
そこを通り掛かった時にさ、音がしたんだよ。キィ、キィ、って何かが軋むみたいな物悲しい音が。そんで、思わず反転して公園に入ったんだ。そしたら、真っ白いワンピースを着た女の子が、ブランコを漕いでたんだ。
俺と同じくらいの年齢で、キィ、キィ、って音に合わせて色素の薄い髪が、ふわ、ふわっ、て揺れて。この世のものとは思えないくらい儚くて、思わず見惚れてた。
『わたしに、何かご用?』
思わず耳を疑うほどに、それはキレイな声だったよ。風鈴が鳴るみたいに、涼しくて優しい声で、反応が一瞬遅れた。それなら俺はやっと、「ブランコの音がしたから気になって……そしたら、君がいたんだ」って、答えた。
クスリと花が咲いたようにその子は笑って、ひょいっとブランコから飛び降りた。音もなく着地して、俺の方へと歩み寄る。ひゅう、と風が吹き抜けて、甘い花の香りが鼻孔をくすぐった。たぶん、その子の香りだったんだろうな。
『わたし、退屈しているの。だから話し相手になってくれないかな?』
お願い、と首を傾げたその子に、勿論俺は首を縦に振った。
「俺、夜久衛輔って言って、そこの音駒高校の3年で、リベロやってて。あ、リベロってのはバレーのポジションのことで…」
しどろもどろになる俺に、また、クスリと笑う。近くで見ると、本当に可愛らしい笑顔だった。
『好きよ、バレーボール。わたし、サナ。よろしくね、衛輔くん』
それが、不思議な女の子、サナ―――蒼戸紗凪との出逢いだった。