第36章 おねえさんがしてあげる【十四松】
なんで謝るの? 謝られたらすべてが間違いだったみたいに思える。ぼくはそんなつもりないのに……。
愛菜さんはぼくの腕のタオルを解くと、静かに離れた。
「あ、あのっ……愛菜さんっ……ぼく……」
床に落ちた服を一枚ずつ拾い、愛菜さんはにっこりと微笑みながら振り返った。
「雨、上がったみたいね」
「え?」
「十四松くんの服ももう乾いているはずだし、すぐに帰れるわよ? おうちの夕食に間に合うんじゃない? 雨が長引かなくてよかったわね」
「…………」
窓の外に目をやると、たしかに雨は止んでいた。藍色の空が広がっているが、西のほうはまだ赤く、沈みかけた日の名残りがわずかに残っている。
そっか。ぼくは雨やどりさせてもらうためにこの部屋に来たんだった。すっかり忘れていた……。
「服を持ってくるから待っててね。他に荷物はあったっけ? 靴も一応干していたから多少は乾いているといいけど……。忘れ物しないようにね」
愛菜さんが部屋を出ていこうとする。
ぼくは弾かれたように起き上がった。
「愛菜さん!」
「?」
再び振り返ろうとした愛菜さんにうしろから抱きつく。身体のだるさはもう消えていた。ぎゅっと力を入れて抱きしめると、愛菜さんの細い身体が一瞬震えた気がした。
「ぼく、帰らない」
「え? な、なんで?」
腕の中で愛菜さんがこっちを向こうとする。ぼくはさらに力を入れてそれを止めた。
「帰りたくないから」
「十四松くん? な、何言ってるの?」
「愛菜さんともっと一緒にいる」
静かな部屋にエアコンの音が響いている。
さっきまでの行為はただの過ちじゃない。ここから何かが始まるかもしれない。始まらなくてもぼくが始めるよ。
ぼくは愛菜さんといたいんだ。
「十四松くん……」
西の空に最後まで残っていた夕焼けも今は完全に消え失せた。ぼくと愛菜さんのいるこの部屋にも夜はひっそりとやってくる。
―END―