第35章 水とワイン/Água e Vinho【おそ松/マフィア松】
《おそ松side》
「この町の明るい未来と市民の幸せを祈って! サルーテ(乾杯)!」
演説を終えた市長が杯を軽く掲げると、参加者たちもそれに倣った。乾杯が終わると同時にみな談笑しながら、テーブルに並べられた料理へと群がる。
財界や政界のトップたちに名を売るための会合というだけあって、市長もかなり奮発したようだ。なかなか豪華な食事が並んでいた。
俺もグラスを飲み干すと、近くのテーブルにあった生ハムとトマトのブルスケッタを皿に取る。
「スィニョーレ! ワインはいかがですか?」
給仕の美女がすかさずグラスを交換してくれた。今日のために町じゅうから器量のいい娘たちと酒をかき集めてきたに違いない。まあ、酒の出どころは怪しいが。……って、俺が言っちゃいけねぇか。
女性に礼を言ってワインをひとくち含む。壇上からおりた市長がこちらに向かって来るのが見えた。
「やあ、マツノさん! いらしてくださったんですな! ドン直々に来てくださるとはありがたい!」
「市長さん、どーも。とてもご立派な演説で。次の市長選も問題はなさそうですね」
目の前に来た市長は給仕からワイングラスを受け取った。
「ハハハ、とんでもない! 今回もマツノ・ファミリーさんのお力をぜひ貸していただきたい」
「もちろんですよぉ。俺たち一家はこの町の平和を誰よりも願ってますからね。そのためなら、どんな協力も惜しみませんよ?」
市長はちらりと周りを見回すと、そっと俺の耳に顔を近づけた。
「マツノさんもご存知のとおり、今回は対立候補者がいましてね。まだ若造だがやけに威勢がいい。犯罪の撲滅と町の浄化を謳っている。これがなかなか厄介なんですよ」
「あぁ〜、なるほど。目の上のたんこぶってやつですか?」
たしかに爽やかで若い候補者のほうが票はとれそうだ。
市長はあたりを警戒しながらコソコソと囁く。
「ええ、正直困っているんです。このままでは負けてもおかしくない。マツノさん、なんとかなりませんか?」
早速だ。
俺はニヤリと笑うとワインを煽った。
「もちろん、『なんとか』なりますよ。他ならぬ市長さんの頼みだし。我々はあんたにずっと市長を続けてほしいですからねぇ」
「なら、すぐにでも! お願いしますよ、マツノさん!」