第33章 青春性愛ストロベリー【一松/えいが松】
「ん?」
足を止める。
今、公園の中にいた人、見覚えがあったような……。
私は振り返った。とたんに心臓が激しく音を立てる。
「今のって……もしかして……」
うそでしょ? ここは赤塚から離れてるんだよ? なんで? なんで彼がここにいるの?
もう一度公園の入り口にまで戻る。
桜の木の下に男性が立っているのが見えた。紫のパーカー。ボサボサの髪。背を丸めてジャージのポケットに手を突っ込んでいる。
「うそ……」
高校のとき、卒業式間近に喧嘩して話さなくなった男友達がいた。いや、友達というのは建前だ。私はそのころ彼のことが好きだった。激しい言い合い、床に飛び散ったイチゴ。もちろん、今だって忘れていない。もう一度やり直せるなら、今度は絶対に喧嘩なんかしないのに。
私は引き寄せられるようにフラフラと彼に向かって歩き始めた。
『元の世界に戻れたら、会いに行くから』
彼の声が頭の中に蘇る。
いついわれたのかは覚えていない。でもその言葉ははっきりと私の記憶に残っている。
「なんで? なんでここがわかったの……」
紫パーカーの男性が顔を上げる。私に気づいて彼も歩き出した。
「松野くん……」
目の前にきた彼が照れくさそうに微笑む。
「奥田……久しぶり……」
高校のころの松野くんとはかなり雰囲気が変わっていた。でも不思議と違和感はない。なぜかすんなりと理解できる。
松野くんは今はもう無理していないんだね……?
「松野くん、こんなところで何してるの?」
涙が溢れそうになる。気づかれないように目頭を押さえた。
「なんでだろうね……。あんた、昨日、同窓会に来てなかったでしょ? だから会いにきた……」
松野くんの目も潤んでいる。胸が熱くなった。
「松野くん、怒ってる? 私、謝りたくて……ずっと……」
言葉がうまく出てこない。
「怒ってないよ。謝りたいのはおれのほうなんだけど。それにおれ、奥田にどうしても伝えたいことがある……」
あの喧嘩から、ずっと止まっていた時間。やっと私は『卒業』できる。松野くんと一緒に。
「私も。私も松野くんに伝えたいことがあるの……」
優しい風が吹き、桜の花びらが舞い散った。柔らかい春の空気を私は胸いっぱいに吸い込んだ。
―END―