第17章 片道タクシー【カラ松】
「ん? どうしたんだ……?」
我に返って首を振る。
「何でもないよ。大丈夫、今さら逃げようなんて思ってないから。ただ……」
「ただ?」
夫は首を傾げた。
ただ、人生なんて分からないものだと思っただけ……。
「ううん、いいの。ごめんなさい。もう勝手に歩いたりしないから」
夫は満足げにうなずく。
「それでいいんだ、ハニー。外は危険だ。ハニーを狙う男だらけだからな。オレと一緒にいる時しか歩いちゃあダメだぞ? 今日買い物に来たのは特別なんだからな?」
「うん、分かってる。あと……ありがとう」
夫は目を見開いた。
「ありがとう? 何がだ? どうしたんだ?」
「何でもないよ。ちょっと言いたかっただけ」
夫は溜息をつく。
「そうか……。ハニー、そろそろ帰ろう。人の多い場所に長居すると、男が寄ってくるかもしれないからな。きっと、すれ違った男たちがお前を頭の中で犯したに違いない。くそっ……。今日はお前を寝かせないからな。その何倍もオレが愛してやる」
永遠に逃げられないのは分かっている。逃げたところで、あなたはどこまでも追ってくる。夫に激しく愛され、縛られ、囚われる生活を、いつの間にか私は心地よく感じ始めていた。
「行くぞ、ハニー」
「はい……」
私たちは歩き出す。
一度、乗車してしまったタクシーは、もう二度と降りられない。
人形のように、ペットのように、玩具のように……私は今夜もこの男に愛でられる。
―END―