第17章 片道タクシー【カラ松】
慌てて家から外に飛び出したその日は、たしか雨が降っていたと思う。1月も後半に入り、暖かい日もちらほら出てきたものの、特に冷え込みのきつい夜だった。
真っ暗な中、冷たい雨に打たれながら、たまたま通りがかったタクシーを止める。
「赤塚記念病院に行ってもらえますか? 急いでるんです!」
勢いよく乗り込むと、返事はなく、車内に響くハザード音。ワイパーが軋みながら上下する。
「あの……?」
不審に思いながら運転手を見ると、彼はようやく重い口を開いた。
「お客さん……」
低音のよく響く声。
ゆっ……くりと振り返る。
「赤 塚 記 念 病 院 ですね……?」
見ると、運転手は夜にもかかわらず、サングラスをかけていた。表情は分からないが、にやりと口角を上げている。
「そうです! 早く行ってもらえますか? 大通りから一本入った細い道でややこしいと思うんですけど、わかります?」
「ええ、わかりますよ。なにせ……
タ ク シ ー ド ラ イ バ ー
なんでね……」
ああ、もう! ただでさえ、焦ってるのに! イライラすれども、車はなかなか発進しない。
「もしナビに入れるなら、病院の住所のメモありますけど」
私が鞄からメモを取り出すと、運転手は呆れたとでも言わんばかりに首を振った。
「いえ、ナビは使いません。こいつを使ったら……
負 け
なんでね……」
「だったら、早く行ってください!」
バックミラー越しに運転手が不敵に笑うのが見えた。
「イグニッション……」
車は暗い夜道を滑るように走り出した。