第1章 彼はお医者さん【一松/医者松】
《一松side》
「一松先生、診察手伝ってよ」
内科のチョロ松先生がおれの診察室を覗いて言った。
「は?」
「皮膚科はこの時間、患者さん来ないんでしょ? しばらく閉めてさ。こっちは、予約外の患者さんが多くて全然回ってないんだよ」
いやいやいや、何言ってんだよ。
おれは呆れたようにチョロ松先生を見た。
「……無理。内科なんて」
「いや、診れるでしょ? 一松先生、少し前まで内科も診療してたし」
「それ、おれの中では遥か昔だから。最近、皮膚しか診てないから。おれなんかに診られるとか患者は地獄だから」
「何、ワケ分かんないこと言ってんの? ちゃんと診れるって知ってるし」
「…………」
「赤塚印のプレミアム猫缶を20個」
「やる……」
高級猫缶に釣られて、おれは内科の診察を手伝うことにした。仕方なく、皮膚科を一時的に閉め、内科の空いている診察室へうつる。
大体、回らないなら人増やせよ……。
「……ちっ、めんどくせぇ」
几帳面に片付けられたデスクの上で、ぼやきながらカルテに目を通す。
「あ、看護師さん、次の人呼んで……」
「分かりました。次の方どうぞー」
看護師が待合室に向かって声をかける。
ドアが開くと、同い年くらいの若い女性が入ってくるのがちらりと見えた。
「はい、どうされましたー……」
カルテに目を落として、ろくに顔も見ずに聞くと、女性が「あっ」と声を漏らした。
「もしかして、一松くん?」
反射的に顔を上げる。
「あ……愛菜?」
「うん、久しぶり! 一松くん、お医者さんになってたの? びっくり!」
女性はニコニコと笑う。
変わってねぇな……。
目の前にいたのは、紛れもない、高校時代に密かに片思いしていた愛菜だった。