第10章 お持ち帰りの長い夜【一松】
「あのさ……」
一松くんが小さな声を出した。
「へ!? えっと、な、なに?」
「いや……なんでもない……」
え? なんでもないの!?
心の中でツッコミつつ、私も「そっか」と返した。
少し薄暗い照明の中で、SMチェアが嫌でも目に入る。背を倒せる椅子に上から垂れ下がった手錠と下から伸びる足枷。
もう、よりによってなんで入った部屋がSMルームなの。
目のやり場に困ってしまう。
おまけに耳障りな大音量のBGM。部屋の隅にある派手な照明のスロットマシンが異様な存在感を放っていて、どうにも落ち着かない。
目を泳がせていると、一松くんが急に立ち上がった。
「あのさ……おれみたいなゴミでクソなやつとこんなところにいるなんてイヤだよね……? 同じ空気を吸うのも無理なら息止めておきますけど……」
「は? い、息?」
驚いて見上げると、一松くんは「んっ!」といきなり息を止めた。
「え!? ちょ、ちょっと!? 何してるの!?」
一松くんの顔がみるみる赤くなり、プルプルと体が震え出す。
「一松くん!? 止めなくていいよ! 死んじゃう! 死んじゃうから!」
私は慌てて立ち上がって、一松くんの目の前で手を振った。
「……ぷはっ! はあっ……はあっ……苦しい……」
よかった。なんとかやめてくれた。こんなところで死なれても困ってしまう。
「も〜、息止めてなんて言うわけないでしょ!?」
ホッとして思わず笑うと、一松くんは微かに笑い、またベッドの同じ位置に座り込んだ。
え?
……で? それだけ?
一松くんは元通り黙って座っている。
は? 今のくだりはなんだったの? このあと、どうするつもりなの?