一泊二日温泉旅行に行ってみた【実l況l者/全l身l組】
第5章 pm 3:58
「な、なんで、そんなこと…。」
「レトさんのことばっか言ってるから。」
「そんなに言ってな…」
「言ってるよ。」
一歩、距離を詰められる
普段とは違う低く冷たい声がまるで別人のようで怖くなる
「ねぇ、好きなの?レトさんのこと。」
繋いだ手を引き寄せられ、更に距離が近付く
キヨくんの胸が目の前にあって、視線を上げれば、暗い表情で私を見下ろしてくる
「柚月、答えろよ。」
ーーーーー怖い
鼻の奥がつんとする
さっきまで笑って話していたのに…
突然の出来事にうまく言葉がでない
キヨくんの目は私を捕らえて、静かに私の答えを待っている
表情は暗く冷たいのに、握られた手はひどく熱い
何か言わなきゃ…
そう思い口を開きかけたその時
階段の下から人の声が聞こえてくる
若い男性と女性が楽しそうに会話をしているようで、その声は段々と近付いている
キヨくんは声のする方をチラッと見ると、眉間に皺を寄せて、何か考えるような表情をした後、繋いでいた手をぱっと離した
「キヨ、くん…?」
「…俺、こんなに自信ないの初めてかも。」
ははっと乾いた笑いをしたキヨくんからは、先程まで感じていた重々しい雰囲気は消えていた
その代わりに憂いを帯びた顔を見せる
「ごめん、柚月…ほんと、ごめん。」
顔を覗き込むように首を傾げ、申し訳なさそうに私を見る
もう怒ってない…?
少しホッとしたせいか涙が込み上げてくる
「え、柚月、ごめん、俺…泣かせるつもりじゃなくて…。」
「ん、違うのっ…ビックリしただけ…。」
涙が溢れてしまう前に指で拭い取る
初めてみた怒ったキヨくんはとても怖かった
初めてみた悲しそうなキヨくんはとても苦しくなった
いつものキヨくんに戻ってほしくて、出来る限りの笑顔を作る
「もう大丈夫だから!私の方こそごめんね。」
「…っ!
……柚月…あのさ…」
キヨくんが何かを言いかけたところで、先程声が聞こえてきた男女の姿が見えた
その姿を確認すると、キヨくんはまた私の手を取り、今度はそのカップルとはすれ違うように階段を下り始めた