第1章 たんぽぽ
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「ディートリヒさん、最近どうしたの?」
ノイハイム村に実験用のハーブを買いに行ったディートリヒは、店の前でアルベルトとアニータに声をかけられた。色違いのコートとマフラー、手袋をそれぞれ身につけたニ人の体には雪が所々ついている。恐らく中央広場で他の子どもたちと雪遊びをしていたのだろう。
「あぁ、2人か……別にどうもしていないが……」
「嘘。だって、最近あんまり村に来てくれないし、話しかけてもうわの空じゃない」
唇を尖らせてアニータが不満げな表情を作る。ディートリヒは少し目を逸らすと、重いため息をついた。2人だけではなく、村人全員が彼が錬金術師であることを知らない。
世間から正しい理解が得られず、悪魔の所業とされている錬金術は、法律で禁止されていなくともいい目で見られないのだ。それが良い目的だとしても。
ディートリヒが何と言おうか迷っているとアルベルトが首をかしげた。
「お仕事上手くいってないの?」
「……そんなところだな」
「そうだったの……体には気を付けてね」
アニータが少しだけ困ったように笑う。他の子どもたちに呼ばれ、パタパタと向こうへと駆けていく2人を見送ると、ディートリヒはため息をついた。
「……これでできなかったら、諦めるしかないな」
地下室の机に器具と材料をそれぞれ準備すると、ディートリヒは横に置いてあった本を開いた。実験を再開するために、薬の調合に使っていた薬草を片づけ始める。その中に、まだしおれていないたんぽぽの花があることに気付いた。
「これは……」
少しだけ考え込むと、ディートリヒはたんぽぽの花を紙と紙の間にはさみ、更に本を上に載せておく。
そして『命の構造』と書かれた例の本を手に取ると、最後の実験のために丁寧に内容を読み始めた。