第4章 嬉しい癖に
ディートリヒが目を開けると、そこには墨のように黒くなった彼女が転がっていた。声をかけても、ぴくりとも動かない。死が彼女を覆い尽くしていた。
「……エルフィ……」
兵士の一人がディートリヒを無理矢理立たせる。抵抗する力もなくなったディートリヒは大人しく彼らに従うしかなかった。
「ま、待ってよ! ディートリヒさんを連れて行かないでっ!」
「何にも悪いことしてないのに! 何で連れて行っちゃうの!?」
アルベルトとアニータの必死に叫びに、ディートリヒは疲れ切った笑みを向けた。
「……すまない」
「ディートリヒさん……っ」
「行かないでよ……お願いだから……」
今にも泣きそうな双子に、ディートリヒは背を向ける。
「連れて行け。自分だけが儲けようなど考えるとはつくづくろくでもない医者だな。確か『賢者の石』だったかな。金を作れるという……まったく、貧しい身なりをして騙しよって」
ゲラルトの見当違いな言葉もディートリヒの心を動かさない。黒い塊となったエルフィのように、心の奥まで固まってしまっていた。
「……俺は、どうすれば良かったんだろうな」
ディートリヒがそう呟くと同時に、アニータのすすり泣きが埃っぽい地下室に響く。力ない足取りで兵士につれられ、階段へ足をかける。もう全てがどうでもよかった。
――太陽に照らされた広い世界を、君に見せてあげたかった。
胸中で想うも、それを知る者はもういない。