第4章 嬉しい癖に
ディートリヒの目の前で、フラスコが粉々に砕け散った。
「……っ!」
エルフィの小さな体が硬い地面に投げ出される。割れたガラスの中で仰向けになっているエルフィは、いつもと同じ無表情だった。しかし、その足が徐々にくすんだ黒色の膜に包まれるのをディートリヒは見逃さなかった。
兵士の腕を自分でも驚くほどの勢いで振りきり、ディートリヒは手を縛られたまま彼女のそばに駆け寄り膝をついた。
「ねぇ」
「ダメだ、こんなの、そんな……」
「ディートリヒ」
「何か、何か方法があるはずだ……っ!」
「話を聞いて」
淡々といつものように語りかけてくるエルフィは、ディートリヒの目を真っ直ぐに見つめる。そう言っている間にも、彼女は肩まで黒くなっていた。
「あなたは怪我してるね。治してあげる。私は傷も再生できるんだよ」
「俺のことはどうでもいい。あぁ、くそっ! 手が自由になれば……!」
「ほら、頭を貸して」
エルフィが腕を差し伸ばす。既に左半身は黒ずみ動かせないようだった。死へと確実に向かっている彼女を見て、ディートリヒの目の前が真っ暗になる。
「……わかった。君が、そう望むなら」
エルフィの上で身をかがめ、苦しそうな表情で頭を垂れた。ディートリヒの額の傷あたりに彼女の小さな手が触れる。触れられたところが仄かに温かくなった。
ディートリヒがゆっくりと目を閉じると、床にしたたり落ちていた血が、重力を無視して彼の傷へと吸い込まれていった。
傷が完全にふさがると同時に、エルフィの淡い笑みが黒く塗りつぶされ、額に触れていた指先までも完全に包み隠してしまった。