第3章 よく言えるよ
「おかえり」
出て行ったときと何も変わらず、静かに花を見つめているエルフィの姿に安堵する。
ディートリヒは材料を作業台の上に置き、スイセンの花をエルフィに差し出した。それを少しだけ嬉しそうに見たエルフィはスイセンの花を浮かび上がらせながら、まじまじと観察し始めた。
「そういえば、あなたは私に色んなものを届けてくれるよね。どうして?」
「別に……何となくだ」
「そっか」
ディートリヒはコートを脱ぎ、椅子に座る。ぎしぎしと耳障りな音を立てながら背もたれに体を預けると、ゆっくりと目を閉じた。
「どうしたの、様子が変だよ」
首をかしげる彼女に何と説明すればいいか迷い、口を閉ざしてしまう。
「ディートリヒ?」
「いや……ちょっと厄介な人に会ったんだ」
「あなたを困らせる人?」
「……そんなところだな」
エルフィの方を薄目で見ると、腰に賢者の石の失敗作をくくりつけた彼女は、スイセンの花を見つめているだけだった。
ディートリヒは痛む頭をゆっくりと横に振ると、賢者の石を作るために材料を手元に寄せ始める。
「休んだ方がいいんじゃないの」
「休んでいる暇なんてない。急がねば」
先ほどの兵士たちのことを考えると、頭だけではなく胃まで痛み始めた。今日は何とか追い返せた。でも、次もそうだとは限らない。
ディートリヒの先ほどの態度で何か「秘密」があることに感づかれたことは確かだろう。ここにいることは危険極まりないし、早く錬金術関連の書籍や道具を隠すなり始末するなりしたほうがいいのはわかっていた。
でも、エルフィを置いていくわけにはいかない。フラスコから出ることのできない彼女を出してあげるためには、何としてでも賢者の石が必要だった。
「お願いだから成功してくれ……」
呻くように呟く。焦りだけが胸中を渦巻いていた。