第3章 よく言えるよ
「これで十分だな」
紙袋の中身を確認しながら、ディートリヒは呟いた。必要な材料は全て買ったし、あとはエルフィのためのお土産だ。
食事も水もとらない彼女は食べ物に対する興味が薄く、代わりに植物や本をほしがる。
「ディートリヒさん、よかったらうちに食事に来ませんか? 妻がシチューを作ったんですよ」
「いえ……今日は家でゆっくりしたいので。またの機会に」
「そうですか。うちはいつでも歓迎してますよ!」
今度は何を持って行こうかと、村の市場をうろうろとしていると、何人かの村人に夕食に誘われた。
誠実で真面目で、医者としての腕もたち、治療費も安くしてくれる彼を慕う村人は少なくない。
だが、人付き合いの苦手なディートリヒは曖昧な笑顔でそれを断る。相手も断られることは予想していたのか、気を悪くした様子もなくあっさりと引き下がった。
――さて、何を持っていこうか。
そのとき、花屋にスイセンの切り花が置かれているのが見えた。
「……もうスイセンが咲く時期なのか」
「そうなんですよ。包みましょうか?」
「えぇ、お願いします」
花屋の女主人のアンネが手際良くスイセンの花をまとめ始める。
「ドミニクは元気にしていますか?」
「えぇ、ディートリヒさんからもらった薬がよく効くといって喜んでいましたよ。無愛想なうちの旦那が嬉しそうにしているのが新鮮ですよ、本当」
あっはっは、と豪快に笑うアンネにディートリヒは控えめに笑みを返す。そのとき、ポン、と背中を叩かれてディートリヒは後ろを振り返った。