第1章 たんぽぽ
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ディートリヒが【彼女】を作りだしたのは、今から1年ほど前のことだった。医学方面を中心として錬金術の活動を密かに行っていたディートリヒは、数年前に亡くなった両親が残した一軒家に住んでいた。
ノイハイム村に隣接したこの森の中には、あまり旅人や村人も通りかからず、騒がしいのが苦手なディートリヒにとって、落ちついて研究や作業のできる場所だった。
「ディートリヒさん!」
森につもった枯れ葉を冬風が吹き飛ばし始めたころ、ディートリヒの家の扉をノックする音が聞こえた。居間にある暖炉のそばで錬金術に関する研究書を読んでいた彼は顔を上げると、立ち上がって扉を開けた。
「こんにちは!」
「お薬もらいに来たよ」
ノイハイム村に住む双子の兄妹が、ニッコリと笑ってディートリヒを見上げた。
「あぁ、君たちか。早かったな。アルベルト、怪我の調子はどうだ?」
「ディートリヒさんがくれたお薬のお陰で、大分楽になったよ!」
「それならいいんだ。確か今日はドミニクの薬をもらいに来たんだよな」
「うん。ドミニクおじさんが『腰が痛くてたまらん』って言ってたからさ」
兄のアルベルトが困ったように笑う。左手首に巻かれた包帯が少年の細い腕と相まって、とても痛々しく見える。
「少し待っていてくれ」
ディートリヒは一度家の中に入ると、寝室にひかれていた絨毯をめくり地下に入る。自動的にランプが灯るが、やはり窓のない室内は仄暗い。足元に散乱している本や書類を器用に避けながら、ディートリヒはくぼんだ壁に取り付けられた棚へと近づいた。
「腰痛の薬と……あとこれもだな」
長身のディートリヒより遥かに高い薬品棚は、室内の暗さと相まって威圧感を放っている。ディートリヒは踏み台を使って上から2番目の棚に手を伸ばした。木製の入れ物に入った塗り薬を2つ手に取ったとき、足の下の踏み台が僅かに揺れた。
「おっと」
反射的に棚に手をついてバランスをとる。ガタン、と棚が揺れ、無造作に置いてあった書物などがばらばらと床に転がり落ちる。ため息をついて踏み台から下りると、ディートリヒは散らばった書物を尻目に階段へと向かった。