第2章 坊っちゃんは小学生。
「宮口先輩……!」
「ふふふ。なぁに、楓ちゃん」
「薬指に光るそれは何ですかっ!?」
宮口先輩は、高らかに左手を挙げ、キラキラ光る薬指を私に見せつける。
それ、ダイヤですか?
ダイヤですよね?
ダイヤだー! 初めて見た!
「宮口先輩っ、とうとう結婚するんですかっ?」
「まぁ、ね。彼ももう30だからね」
宮口先輩と付き合っている坂下フットマンは、30歳。花輪家でのフットマンの定年は、35歳。あと5年で定年を迎える坂下さんは、今、花輪グループ内での転職願いを出しているそうだ。
たぶん、坂下さんの希望は通るだろう。どこかの子会社の社長秘書や営業、総務に配属になることが多いと聞いた。勤務先が静岡だとは限らないけれど。
「もしかして、転職先が決まったんですか?」
「そう、神奈川の会社の総務部にね!」
「わぁ、おめでとうございます!」
……ということは。
喜んで拍手していたけれど、私は大事なことに気づく。
「……宮口先輩、もしかして、メイドを辞めるんですか?」
「まぁ、仕方ないわよ。新婚で単身赴任なんてかわいそうじゃない。私だって子どもは欲しいし」
そうか。フットマンと違ってメイドに定年はないと思っていたけれど、辞めるという選択肢もあるのか。誰かが辞めてしまうという未来が、きっと、たくさん、ある。
「さびしい、です」
「やだ、まだ先の話なんだから、泣かないのよ!」
いきなりボタボタと涙が零れた。
私は、坊っちゃんを中心に、ずっとこの生活が続くものだと思っていた。幸せで優しい時間がずっと続くものだと。
でも、そうじゃない。皆には皆の生活があり、未来がある。
それが普通なのだ。
坊っちゃんもいつか、メイドを必要としない日が来るのだ。
「寂しいですよぅ」
「やだー、楓ちゃん、泣かないでー!」
「あらやだ、楓ちゃんなんで泣いてるの!? 宮口さん、どんな意地悪したの?」
「メイド長、冗談やめてくださいよ! 私がメイドを辞めるって聞いたら、泣き出しちゃったんですよ!」
使用人室に戻ってきたメイド長や他のメイドに慰められながら、私は気づく。
私にも私の人生があるのだ、と。
そんな当たり前のことに、気づいたのだ。