第8章 第7章 接触
黒い髪が視界に映った。
「───え?」
驚いて振り返るが、同時に電車の扉
が閉まってしまった。
桃花は囁いてきた人物を探そうとし
たが人が多い上に電車が走り出してし
まって見つけられなかった。
空いた席に座ってさきほどの言葉を
思い出す。
「思い出してね……って何を……?」
意味のわからない言葉だ。自分は何
かを忘れている覚えなんてない。
その時こめかみの辺りが痛んだ。
顔を顰めて、こめかみをおさえる。
ありがちな例えだが、釘で刺されてい
るような痛みだ。
思い出してね、思い出して。
何を思い出し出せばいいのか。
はやく、ということは自分はずっと
忘れていること?
そもそも自分は何かを忘れた記憶す
らない。
(頭のおかしい人だったのかな。気持
ち悪い)
桃花は舌打ちしてさっきのことは忘
れることにした。
自分は何も忘れていない。思い出す
ことなんてない。
頭のおかしい薬物中毒者の戯言だ。
現実から顔を背けるようにそう決め
つけた。