第6章 意気地無しのくせに。【森山由孝】
おかしい。おかしいよ森山。
いつものあなたじゃない。
『・・・森山・・・どうしたの?』
返答はない。
誰よりも近くに居る筈なのに、誰よりも遠く感じる。
『・・・ね。離して』
「それはできない」
即答。
溜め息も呑み込んでしまった。
『何かあったの?』
『・・・何か、言われたの?』
『・・・じゃあ「──維」・・・?』
綺麗なまでの言葉のキャッチボールが、投げる前に話しかけられた。
その唇が、ゆっくり言葉を紡ぐ。
「───したいんだ」
目が、開いていくような不思議な感覚。
いつもの森山じゃない。
こんなこと、言うような奴じゃない。
彼の口から零れるような言葉じゃない。
───キス、したい、だなんて。
『・・・い、今はやめようよ。
ほら、帰ろう───っ!』
誤魔化すように、強引に腕をひこうとした。
ビクともしなくて、逆に引き戻される。
そして呆気なく彼の腕の中へ。
───ダメ、だと。
直感がそう告げた。
今の彼の腕の中に居ちゃいけない。
脳が指令を出すまで、そう時間はかからなかった。
掌が森山の胸板を押し返して、空気が通り抜けていく。
そんな一瞬の動作までも、永遠のように感じた。
『か、帰ろう・・・森山!』
お願い、
『熱、あるのかもしれないよ!
だから・・・』
お願い、
『はやく・・・』
元の森山に、戻って。
『・・・はやく、帰ろう』
そう言ったのに・・・あのバカは。
じりじりと詰め寄ってきて、その動作は最早ストーカー並みで。
それが心底怖くなって、逃げ出した。
───それで、今に至る。
回想が長くて申し訳ない。
でも、ガチでマジで怖かった。
今も見たことない形相で追いかけてくるし。
足はぐらぐらで、息も絶え絶えで。
やっぱり、森山相手に本気で走っちゃダメだ・・・。
『・・・はぁっ・・・はあっ・・・──
───っ!?』
いきなり、視界が変わる。
予想もしていなかった景色に追い付かなくて、思わず目を瞑った。
浮遊感。
遠くで叫ぶ声。
体から離れていく鞄。
重力に逆らえず落ちる。
「─────維ッ!!!!」
視界は、またもや色を変えた。