第19章 (黒日)鳥居の宵
心臓がどきどきする。彼に近寄って、足元のハンカチを手に取って。
足音が自分の側で止まったのに気付いたのか、彼の目が開いてこちらを見た。
瞳を見ると動けなくなりそうで、私は目を逸らした。やっぱり綺麗な人だ。息が止まる。
彼は、私の手元を見て、それから不思議そうに私を見た。
私は慌ててハンカチを差し出す。
「あ、あのこれ、落ちてたんですけど…」
「あぁ、申し訳ありません。私のです」
薄い唇が滑るように動く。目を合わせられない私はその動きをじっと見つめる。
声を初めて聴いた。鼓膜を浸すような声。
彼をこんなに近くで見た事がない私の頭の中は真っ白だった。
なんて、なんて圧倒的な存在なんだろう。
呆然としながらハンカチを差し出すと、彼の細く白い手がそれを受け取る。
その拍子に指先が少し触れて、私はさっと手をひっこめた。
あ、まずい。わざとらしすぎたかもしれない。
「…いつもこの時間に通りますよね、貴女」
戸惑っていると急に話しかけられて、私は顔を上げた。
そんな、そんな事を言うなら貴方だって。
「貴方も、毎日…」
「ああ、そうですね。人の事言えませんでした」
彼はくすりと笑う。それに少し緊張が解れて、私は肩の力を抜いた。
「誰か待っているんですか…っあ、すみません」
気が緩んだ反動でずっと思っていた疑問を思わず口にしてしまい、思わず口をつぐむ。
毎日姿を見ているせいか少し親しいような錯覚に陥るが、話したのは今日が初めてなのだ。