第19章 (黒日)鳥居の宵
毎晩、夜の帰り道に出会う人がいた。
もちろん知らない人だ。真っ黒の軍服のような服を着ていて、髪も黒、顔の肌と手だけが対称的に白くて。
顔立ちは目を見張るほど美しく、ただ立っているだけで気品が感じられるような男の人。
彼は、いつも同じ時間に神社の鳥居の下にいる。
初め見た時は何とも思わず通り過ぎていたが、何度も何度も通るうちに、彼の容姿の細かい所まで脳にインプットされていって。
細い身体、真っ直ぐの髪、色のない薄い唇、長い睫毛、細長い指。
その姿は、朱色の鳥居にとても映えていた。
私はだいたいその時間に神社の前を通って帰宅するものだから、当然毎日会う。
彼はいつも鳥居に背を預けて立ち、顔を伏せ、時々時間を気にして懐中時計を眺め、誰かを待っているような雰囲気だった。
あんなに綺麗な人なのだ、きっと相手は想い人だったりするのだろう。毎日待ち合わせて会うなんて珍しいと思いながら、私は通り過ぎていく。
そんな日をもうずっと続けていて、帰り道に彼がいるのは日常になっていた。
ある日。
いつものように神社の手前に差し掛かって、鳥居の下には彼がいて。
細くさらさらの髪が風に揺れるのを見ながら、相変わらず綺麗な人だと思っていると、彼がふと。
こちらを見た。
私の歩調は捕らわれたようにぶれた。今までずっと姿を見てきたけれど、目が合ったのは初めてで。
透き通るような黒。引き込まれそう。
目が合っただけでこれなのに。
「…っ!」
彼は微笑んだ。まるで大輪の華がふわりと開いたように綺麗な笑み、薄い唇が弧を描いて、その威力といったら!
思わず側へ寄ってしまいそうなほど甘い。私は目眩がして俯く。
心臓が内側から大きく身体を叩いた。
心のどこかで望んでいたのかもしれない。彼がこちらを見る事を。
あの瞳がこちらを向いて、誰も映さなかった目に私が映って、それが今叶ったのだから私の心臓は騒がしくてたまらない。
気持ちが高揚していた。
もう一度顔を見たいと思ったけれど、その間私の足は別の生き物みたいに自動で動いていて、もう通り過ぎる直前。
今更振り返るのもな、と思い、また明日会えるしとその場を離れた。
どこまで歩いても、あの笑顔が完全に私を支配していた。