第18章 (黒日)餌付け (ドM向け)
僅かな唇の隙間に、菊は餌を握り締めた手を突っ込んだ。手袋をした手は私の歯をこじ開けて、犬の餌独特の匂いが鼻を突く。
思わず菊の手を掴み離そうとしたけれど、思いきり叩き落とされてしまった。
「あぐ、は…」
奥まで手を押し込まれ吐き気がした頃、餌だけを私の口内一杯に残して菊の手は引き抜かれた。
私は涙をぼろぼろこぼして菊を見上げる。吐き気が込み上げる。
臭い、硬い、吐きたい、もう、
「ふふ、あははは…!酷い顔だ、実に愉快です。ほら、早く噛みなさい。私が直々に与えてやったものですよ」
菊はぐちゃぐちゃになった私の顔が気に入ったのか高らかに笑った。
もう私は私ではいられない。まともな感情などここでは役に立たないのだ。棄てなければいけないのだ。
これを、これを我慢すれば。
嫌だ。
我慢しなければならないのに。
嫌だ。
こんな思いをするのなんて、もう嫌だ。誰か私の感情を殺して。
殺してほしい。
「ふっ…や、ぅ…」
涙が止まらない。菊はなかなか噛まない私に苛立ち、顔つきが変わってきていた。
「早く噛みなさい。私のあげたものが食べられないのですか」
その低い声に私の肩はびくりと跳ねる。
菊の瞳の変化に背中が粟立った。拒み続ければ、この次は何をされるかわからない。
嫌だ、きっとこれよりももっと酷い事をするに決まっている、もしかしら叩いたり罵倒するだけじゃ済まなくて、もっと、泣き叫びたくなるような、拷問のような何かが私を、
「…んぅ…っ」
嫌だ。
私はぎゅっと目を閉じ、濡れる頬を拭いもせず、犬の餌を、噛んだ。
菊の口の端が吊り上がる。
美しいけれど歪んだ笑顔。
「美味しいでしょう?まだありますから、おかわりしてくださいね」
あぁ、私は要りませんよ。犬の餌など誰が食べるものですか。
そう言う菊を、私は虚ろな目で見上げていた。
2014/