第17章 (日)夏幻
「………」
歩いていくうちに水音が近づく。いつの間にか私は、コンビニではなく水音を追いかけて歩いていた。
一体何処から聞こえるのだろう。今までずっとこの近くの道を歩いてきたけれど、水音に気付いた事は無かった気がする。
もしかして夏だから、家の人が少しでも気分を涼しくしようとしてるのかもしれない。
しばらく歩いていた私は、とある家の前で足を止めた。
「…あ……」
初めに見えたのは大きな木だった。
桜だろうか。広い庭の端に立つそれは大きく逞しく滴りそうなほど青々とした葉をつけ、いつから立っているのだろう、年代を感じさせる。
そして大きな日本家屋に目を移して。
「綺麗な家…」
思わず感嘆の息をついた。
築年数が浅いわけではなく、むしろ古い部類に入ると思うのだが、、古いながらも手入れが行き届いた扉や家にはどこか懐かしさを感じる。
おばあちゃんの家って、こんな感じだったろうか。慣れ親しんでいるわけでもないのに、ずっと住んでいたような、「ただいま」と言いたくなる雰囲気なのだ。
敷地から家への入口となる両開きの木の扉は片方が開けられ、そこから庭が見えて、ずっと追ってきた水音がこの家からなのだと気づいた。
広い庭だ。縁側もあって、家の扉は引き戸、建物を見ると襖も見えて、今時珍しいくらいの純粋な日本家屋。
いいもの見たなあ、と思って少し気持ちがほくほくする。
やっぱり私も日本人だ。水音に涼しさを感じながら少し扉にもたれかかり桜を見、そしてふと、扉の横に立て看板があるのに気付いた。
「"甘味処 菊屋"…」
ここ、お店だったのか。私はもう一度中を覗く。
広い家だし、きっと個人で小さく営んでいるのだろう。
…お店、という事は、家の中に入れるのだろうか。
こんなに外観が綺麗な家だ、きっと家の中も綺麗に整えられている事は予想がつく。それに、もしこの時間営業していて部屋に入る事が出来れば、このまとわりつくような暑さから逃げられるかもしれない。
「…休憩してこうかな」
と自分で自分に理由づけているものの、本当は興味でうずうずしていた。
こんなに静かな場所、落ち着いた日本家屋で、緑豊かな桜の木を眺めながら甘味を食べるなんて。
幸せなんだろうなあと、隠れ家を見つけたような高揚感が胸の内で湧いていた。