第8章 (黒日)黒刀 (パラレル)
「お出ましだ」
低い声に顔を上げれば、壁を抜けて闇が現れる。
菊は刀を握る私の手を己の手で包んで支え、私の背中に回った。
「ちょ、待、菊」
「なんです」
「恥ずかしいんだけどこの体勢」
すぐ背中に重みを感じる。菊が私の手を支えながらぴったりとくっついているのだ。
菊が動く度、それを感じる。
私の鼓動が聞こえてしまう。
震えているのがわかってしまう。
菊の声で震えた空気が、首筋を震わせる。
「ごちゃごちゃと五月蝿いですよ。余計な事は考えるなと言ったでしょう」
「だだだって」
頭の中を空にしようとしても、どうしても気になってしまうのだ。
手元を見ればふた回り程大きい菊の手。白く、細長い指。
かあっと身体が熱くなる。やばい、まずい、これじゃあいつまで経っても菊が、
「考えないでください」
不意に耳元で囁かれて、何だか腰が抜けそうな気分になった。
身体があつい。熱を冷まそうとするように息を細く吐いた瞬間、目の前に菊の細い手が映り、そのまま視界を塞がれる。
「き…!」
「大人しくしていなさい。貴女を気絶させて身体を奪う事も出来ますが、しないでいるのですよ」
「………」
「全く関係ない事をひとつだけ考えているくらいなら私もまだ動きようがあります。そうですね…貴女の頭の中は私で一杯のようですから、良いと言うまで私の事だけを考えていてください」
「そっなん、」
「異論も拒否も認めません」
「……鬼」
「上等です。この手段を実行しなければならなくなったのは貴女のせいだという事をお忘れ無く。それと、これが落ち着いたら特訓ですから」
少しだけからかいを含んだ声。変わらず、菊の長い指に塞がれた真っ暗な視界。
こんな状況なのに彼の声はいつも通り余裕たっぷりで。
何も見えないのに、何故か安心した。
心を落ち着かせようと深呼吸をする私を、菊が見つめる。しかしひとつ瞬きをした次の瞬間には、もう獲物を狙う目で闇を見つめていた。
それに私は気づく事もなく。
「参ります」
私の腕が、上がる。
2014/