第8章 (黒日)黒刀 (パラレル)
目の前の風景、彩度が妙に下がってゆく。
部屋の隅で蠢く闇、まるで曇のような、煙のような、掴み所のない形。
しかし私の身体からは冷や汗が吹き出していて、鼓動は命を誇張するようにやたらと大きい。
あれは危ないものだと全身が告げている。もやのようなものだといえど、ここまではっきりと霊を見たのは初めてだった。
「き、菊…!」
私は少し後ろにいるであろう黒軍服の彼に声をかける。
余程私の声が震えていたのか、隠そうともしない僅かなため息が聞こえた。
「こんなもので怯えていては話にならない。これはまだ低級なのですよ」
「そんな事言ったって!」
これを祓え、なんて無理だ。
菊はさも簡単であるかのように言ったけど、霊はモノじゃない。見るからに敵意丸出しだし、抵抗もすれば攻撃もしてくるだろう。
「刀を抜きなさい。教えた通り、あの霊を斬るのです」
「……っでも、」
「迷う必要はありません。斬るという事は霊の未練を断ち斬るという事、私たちは彼らを救っているのですから」
「………」
だからこそだ。
救うなんて。何て烏滸がましい言葉なんだろう。
この私が救う?
菊は私の勇気を出そうとしているんだろうけど、私はただ竦むばかり。
彼が私の横に立ち、漆黒の日本刀を私に差し出す。
私は差し出されたそれを見、菊の顔を見つめた。
無機質な美しい刀を見ると、その分気持ちが萎縮する。
無茶だ。
出来ない。
「無理だよ…!」
必死に訴え菊の瞳を見るも、いつも通りの無表情。帽子のつばから覗く瞳は、私を鋭く捉えて離さなかった。
日本刀を扱い相手を斬るなんて、きっと菊にとっては造作もない事なんだろう。だけど私は、この刀を見つけた時に初めて日本刀を見たくらいなのだ。
剣道だってやっていなかったし、運動もそんなに出来ないし、それなのにいきなり日本刀で霊を斬れだなんて無茶苦茶だ。
出来ないんだ。
出来るわけがないんだ。
自分に叫ぶ。言葉は出ない。