第7章 (黒日)鳥籠 (黒菊と召使い)
唇を噛み俯いていると、す、と目の前に手が。伏せた視線で見つめていた菊様の手が、私の頬にそっと触れました。
驚いて視線を合わせれば、もうお終いです、魔法にかかってしまうのです。
闇を融かしたような瞳に私が写って、美しく妖艶な笑みに誘われて、私は平衡感覚を失い、ただ、ただ呆然と、
「……くっ、ふふ、何て顔をしているんです」
不意に菊様が可笑しそうに肩を震わせ、私はようやく我に返り、自分が如何に間抜けな顔を晒していたかを思い知りました。
嗚呼、今日の神様は意地悪です!先刻から嫌な部分ばかり菊様に見られている気がします。
「!申し訳、あ…」
「謝らずともよい。本当に、可愛らしい方ですね、貴女は」
未だ肩を震わせながらそう言い、湯呑みに手を伸ばす菊様。
顔が熱いです、どうしたらいいのでしょう。
菊様のこんな表情は見た事がありません。今まで菊様から触れてくださった事も無かったものですから、全てが信じられませんでした。
お客様に見せる笑顔とは違う、ただ可笑しくて笑う笑顔とも違う、もっと暖かな感じのする瞳。
神様の意地悪なんてどうでもよいと思える程に目を奪われる笑顔が私に向けられている。
これは夢、なのでしょうか?
いいえ、夢であるはずがありません。頬に触れた菊様の手は確かに温かかった。
自分の分の御茶を淹れに机を離れる私。心を落ち着かせながら、ゆっくりと注ぐ。
背中から菊様がそれをじっと見、聞こえぬくらいの声で呟いた言葉は、私の耳に届く事はありませんでした。
「そして小鳥は籠の中」
2014/