第7章 (黒日)鳥籠 (黒菊と召使い)
「いえ、私は…後程お休憩を頂きますので」
「堅い事を言わずともよい。雇い主の私が良いと言っているのですよ。…それとも、私と一緒にでは嫌か?」
「とんでも御座いません!直ぐに、ご用意致します」
嫌だなんて、そんな、逆です!
菊様と御茶を頂けるなんてとても光栄なこと、私には身に余るお誘いなのです。
ただ、余りに唐突で、夢にも思わなかった事で。頭で理解するよりも先に使命感が走り、とりあえず御茶を、と歩き出します。
大慌てで部屋を飛び出した私を見て、菊様は喉を鳴らしてお笑いになりました。
夜になって、今日初めてまともに言葉を交わしました。
夜になって、今日初めて笑顔を見せてくださいました。
笑ってくださった。
それだけでも、私にはとてもとても嬉しい事なのです。
「大変お待たせ致しました」
「あぁ、有り難う御座います」
部屋に戻ると、菊様はその細身ながらもしなやかなお身体を椅子に深くゆったりと沈めておられました。
やっと休めてくださった、と私は息をつきます。
部屋の隅にある丸いテーブルの上で御茶を淹れ、菊様のもとへお持ちします。
こと、と湯呑みを置くと、菊様はじっと私の手を見て仰いました。
「綺麗な手をしている」
「…っ、あ」
私は恥ずかしくてとっさに後ろに隠しました。
そんなはずはありません、綺麗なはずはないのです。
水仕事をする手の傷はなかなか治りにくい。ささくれ、爪は短く、荒れているのです。
ああ、手袋をしてくれば良かった。
「申し訳御座いません、お見苦しいものを…」
「何故隠すのです」
「……申し訳御座いません」
菊様の手の方が綺麗です。白くてほっそりした手、長い指、骨ばった甲。
私は何だかとても醜いものを見せてしまった気が致しました。こんなの、お目汚しにも程があります。