第7章 (黒日)鳥籠 (黒菊と召使い)
木製の大きな机に向かう漆黒の御姿。
机上には書類が何枚も。ですがあの方の性格ゆえ、散らばらずに丁寧に置かれております。
私は少し心配になっていました。菊様は今朝からずうっと働き詰めで、昼になっても夕方になっても働き詰めで、もう夜になってしまっているのです。
食事は軽くお摂りになりますが、それ以外の休憩は一切取っておられません。時折辛そうに首を回す程度、短く溜め息をつく程度で、厠へ行かれる以外は立ち上がろうともなさらない。
休憩をされては如何ですか、と恐る恐る口にしたけれども、「それどころではない」と返されてしまいました。
余程急を要するお仕事なのでしょう。この御方に仕える私は、ただ見守るしか出来ません。
それからまた暫くして、子供が寝静まる時間になった頃。
しんとした静寂がやんわりと破られました。
「其処の者」
「はい」
彼が呼べば私は直ぐにお側に参ります。何も言ってくださらないよりも、言ってくださる方が安心しますから。
ようやくお声を掛けてくださった。
急いで机の横に立つと、菊様は顔も上げずに仰いました。
「茶を。喉が渇きました」
「かしこまりました」
「あぁ、それと」
頭を垂れ歩き出しかけた私を、菊様は声で呼び止めました。
私は振り返ります。すると御方は顔を上げて私を見ていて、美しく微笑んでいらっしゃいました。
「貴女も飲みなさい。ずうっと立ちっぱなしで疲れたでしょう」
その薄い唇の動きに、頬に熱が上ります。
この御方の視線はきっと魔法がかかっているに違いありません。だって、私はいつも視線が合うと心がどきどきして、うまく動けなくなってしまうのです。